サンタクロースがいる場所とクリスマスプレゼントの交換会

クリスマスに山から豚がプレゼントを結びつけて降りてくるという
言い伝えもあり、スウェーデンやフランスの一部地域では、豚が
サンタクロースの化身と信じられていたといいます。
ドイツやイギリスでも独自の伝統的な行事のなかにサンタクロースが
現れるようになりました。
アメリカの詩人であるクレメント・クラークムーアは「クリスマスイブ
・サンタクロースの訪問」という詩を書きました。
そのなかで、8頭のトナカイがプレゼントを持ったサンタクロースを
乗せたソリを引っ張って夜空を飛んでいるとと書き、大評判となり
ました。

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トナカイにもダッシャー、ダンサー、プランサー、ビクセン、コメット、
キューピッド、ダンダー、ブリッツェンと名前がつけられました。
アメリカに住む8歳の女の子バージニア・オーハンロンがニューヨーク
の新聞に「サンタクロースは本当にいるのかい?」と質問をしたところ
、ある記者が「目に見えないからいないということにはなりません。
愛や他人への思いやり、真心があるようにサンタクロースもいます」
と返答しました。
コーラをおいしそうに飲むサンタクロースの姿がアメリカの広告に
登場しました。
以降、クリスマスプレゼントを持っているサンタクロースを待っている子供がいるアメリカの家では、
クリスマスイブの夜、枕元に置いておくミルクココアのかわりに、
冷蔵庫の中に冷えたコーラを入れておくようになりました。

では、サンタクロースは今どこにいるのでしょうか?
20世紀になって幾度となく話題になりましたが、意外なところに住んで
いることが判明しました。

クリスマスには欠かせないサンタクロースの起源

サンタクロースの正体はいったい誰なのでしょうか。
しかし、それを語りはじめたらきりがありません。
とても本一冊では語ることができないほど、さまざまな国の歴史が
複雑に絡み合っています。
サンタクロースは実にミステリアスな存在なのです。
今から約1500年前、ギリシャのパトラスという街で生まれ、トルコの
ミュラでキリスト教の司教として、事前活動を行っていたセント・ニコラスがそのモデルとされています。
彼はある夜、貧しくて娘が嫁ぐこともできないと嘆いていた一家の窓
の隙間から、金貨を投げ入れます。
それは暖炉の近くに干していた靴下の中に入りました。
その後2回、金貨を投げ入れに行きます。
3回目の時に父親が起きていて、その善行の主をようやく知ることが
できました。
一家は彼のおけげで幸福になったと言われています。
この噂が多くの人々の間に広まり、西暦1000年頃にはスペインに
1200年頃にはオランダに伝わりました。
おもしろいのは、当時開運貿易が盛んだったアムステルダムでは
船乗りの守護聖人として人気を集めているのです。
オランダ語の発音でシンタクラースと呼ばれていました。
その後、新天地を求めたオランダ人がアメリカに渡ると、シンタクラースがなまって、サンタクロースと呼ばれるようになりました。
デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧では、それぞれの
家の納屋に住みついているユーレ、ニッセやユール・トムテと呼ばれる
妖精と、サンタクロースが結びつきました。

モミの木のそばにある食卓の上にクリスマスプレゼントを並べる

モミの木にはロウソクがたくさん付いていて、その炎は全体の光の海
の中で、遠くにある星のようにまたたいていました。
というのも、贈り物がいろいろ置いてある、窓からほとんど扉の
ところまで達する、白い布がかけてある長くて幅広いテーブルの上に
は、お菓子が付いている小さなツリーが何本も並び、これがやはり、
萌えるロウソクの光を放っていたのであります。
ドアの両側には白い布をかけたいくるかのテーブルが置かれていて、
その上にもプレゼントがあり、ロウソクに火を灯した小さなツリーが
何本か飾ってありました。
これは、使用人や出入りしている貧しい人々へのクリスマスプレゼント
でした。
白ユリは純潔のシンボルで、聖母マリアの象徴であります。
ウィーンのフランツ・ヨーゼフ一家のクリスマスシーンにもありまし
たが、王侯貴族や裕福な商人の邸宅などでは、メインのツリーの他に
小さなツリーを何本も並べて飾りました。
また、テーブルの上には、使用人など家族以外の人々へのプレゼント
も必ず用意されていました。
アーモンドと砂糖漬けのオレンジビールが対称的にのせてある大きな
ブラウネ・クーヘンが中がしっかりしたできたての、どっしり重たい
マルチパンと交互にテーブルの上に並べられ、長い列を作っていました。
ディナーが始まるまで一同は、もらったプレゼントを吟味したり、
ツリーを眺めていたり、お菓子をつまんだりして時間を過ごし、その後
聖書を読み、「きよしこの夜」や「モミの木」の歌を歌い、お祈りを
して食卓につきました。
スタートは魚料理と白ワインです。
このように、魚のうろこを財布にいれる習慣もありました。

クリスマスプレゼント柄の食器

家庭行事としてのクリスマスが定着すると、クリスマス期間にのみ
使用するクリスマス柄の食器が登場するようになりました。
ローゼンタールといった有名な陶器メーカーも、クリスマスツリーや
クリスマスおじさんなどをモチーフにしたコーヒーカップや皿、器を
製造し販売しました。
また、陶器よりも安価な紙皿も、豊富な図柄で人気がありました。
このようなクリスマス柄の皿や器にはオレンジやナッツの他、様々な
クリスマス菓子がたっぷり盛られて、12月24日の晩にクリスマスプレゼントを並べたテーブルの上を彩りました。
クリスマスシーズンにドイツのホテルに泊まると、ラウンジにこのよう
な紙皿にクリスマス菓子やナッツを盛って置いてあるところがあります。
また、12月6日の聖ニコラウス祭には、聖ニコラウスの形をしたパンと
ナッツ、クリスマス菓子などを盛って部屋に置いてくれるところも
あります。
私はドイツではクリスマス当日はいつも知人宅で過ごし、ホテルで
クリスマスを迎えた経験はありませんが、ホテルに泊まっていれば
おそらくこのようなプレゼントがあるのであるのでしょう。
トーマス・マンの「ブッデンブローグ家の人々」には、19世紀末から
20世紀初頭にかけて、北ドイツ・ハンザ同盟都市の上流階級がどの
ようにクリスマスを祝ったかが詳細に描かれています。
奥の方の、真紅のカーテンのかかっている窓と窓の間に立つ巨大な
モミの木は天井に届かんばかりで、銀箔や大きな白いユリの花で
飾られ、てっぺんにはキラキラ光る天使が、足元にはキリスト誕生
シーンがありました。

クリスマスプレゼントとパーティーに飲む赤ワイン

15世紀初めのベネチアでも飢饉があり、人々は町の守護聖人聖マルコ
に救いを求めて祈りをささげました。
すると間もなく小麦が大豊作となり、人々はその小麦でパンを焼き
「マルコのパン」と名付けました。
その後、聖マルコに感謝をこめてパンにアーモンドを加えるように
なったのでした。
中世では、マルチパンは職人は「マルコの兄弟」と呼ばれていました。
クレッツェンとは乾燥洋梨のことで、他にイチジクなどのドライフルーツをたっぷり、というより、中身はほとんどドライフルーツで外側を薄いパン生地でくるんだクリスマスシーズンのみに出回る菓子です。
これもシュトレンのように幅1センチほどに切って、好みでバター
をぬって食べます。
これに似合うのはシュナップス(蒸留酒の一種)です。
クリスマスのミサのあと、麗々しくこれにナイフを入れ、シュナップス
とともに食べる地方もあります。
グリューワインとは赤ワインにレモン、オレンジのスライス、クローブ
シナモンスティック、蜂蜜(もしくは砂糖)を加えたホットワインです。アドベント期間には家庭でも作りますが、グリューワインを本当に
おいしいと思うのは、寒い戸外で熱々のグリューワインを注いだ
マグカップを両手ではさんで飲むときです。
クリスマス市が開かれる街のホテルには、ロビーにグリューワイン
を置いているところもあります。
外から戻って、グリューワインを一杯飲めば、冷え切った体も温まり
ます。ローテンブルクのクリスマス市には白ワインのグリューワイン
があります。赤ワインの方がおいしいような気がしますが、白ワイン
ベースは珍しいので、ローテンブルクのクリスマス市で一度は試され
たほうがいいですね。

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マルチパンをクリスマスの夜に食卓に並べる幸せ

さて、クリスマスが近づくと、たいていどこの家でも何種類かの
プレッツヒェンを焼いて、近所の人たちと交換しあいます。
アドベントの晩にロウソクを灯し、みんなでクッキーの品定めを
しながらグリューワインを飲むのは楽しいです。
ただ、エンゲルスアウゲという名前だけはあまり即物的で、私はいまだになじむことができずにいます。
すりすぶしたアーモンドと砂糖をバラ水で練って作るマルチパンは
今ではクリスマスに限らず一年じゅう出回っていますが、1850年ごろ
にはクリスマスの特別菓子で手作りのマルチパンをクリスマスのテーブルに並べることは、一家の主婦にとっては最大の栄誉でありました。
というのも、大量のアーモンドを使用するマルチパンはアーモンド
の皮をむく手間が大変で、これを作ったということは、主婦として
クリスマスの準備を完璧にこなしたことの証となるものでした。
マルチパンはダンチヒやケーニヒスベルクなど、北ドイツのハンザ
同盟都市の名物でありましたが、特に有名なのはリューベックの
それです。
彼女に贈るクリスマスプレゼント
今ではいろんなバリューションがありますが、元祖マルチパンは小ぶりな羊羹ほどの大きさで、細長いパンのような形(カマボコ型)をして
います。

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これは、以前にリューベックで飢饉があった時に、ある商人が倉庫
にアーモンドと砂糖が一袋ずつ残っているのをみつけ、それでパンの
形をした食べ物を作って仲間に配ったことに由来しています。
マルチパンとは、「聖マルコのパン」という意味です。

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